年頭にあたり、日頃のご厚情に深謝し、皆様方のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 昨年(2014年)6月には、医療法が改正され、本年10月から新しく医療事故調査制度がスタートします。医療事故から教訓を引き出し、再発を防止し、診療レベルを向上させ、安全な医療にしていくための制度の必要性を痛感し、そのような制度をつくるために、これまでそれなりに取り組んできた者の一人として、今回の法改正を「ようやく」「やっと」の思いで受け止めております。
 私は、2002年に名大病院で発生した医療事故(腹腔鏡の手術の際トロッカーという器具で腹部大動脈を損傷し患者が死亡した医療事故)について、初めて院内事故調査に関わりました。その時にはすでに警察の動きもありましたので、執刀医から話を聞く前に予め事故調査委員会の委員長から黙秘権があることと弁護人依頼権があるということも伝えてもらい、ヒアリングの時には弁護士が同席されました。その結果執刀医の先生は、正直かつ誠実にお答えになり、ご遺族の処罰感情も強くはなく、刑事的な責任は一切問わないかたちで終了しました。つまり警察、検察が処罰に向かって一辺倒のように思われるかもしれませんけれども、この時は決してそういうことではなくて、見るところはそれなりに見ていたのではないかと思われました。これは業務上過失致死罪に問われても仕方がない事故だったと思うのですが、諸般の状況を踏まえて結局は検察庁に書類送検もしないで、警察レベルで「送検せず」という処理の仕方がされ終了しています。
 これらの体験も踏まえて、私は二つの大学病院で発生した医療事故のケースについて事故調査委員会の取り組みを紹介しつつ、あるべき医療事故調査の実践マニュアルを示したいと考えて、2005年に『医療事故から学ぶ―医療事故の意義と実践』(中央法規出版)という本を共著で出しました。
 その本の はじめに の中で
「重大な医療事故を発生させた医療機関は、『隠さない、逃げない、ごまかさない』を基本軸に、説明責任を尽くすという姿勢を貫き、外部委員もメンバーに入れた公正な事故調査委員会により、真相究明のための客観的調査を行い、再発防止のための提言をまとめこれを実践する。被害者の視座も踏まえつつ、このような正直・誠実な態度をとることこそ、被害者や患者から信頼を得る唯一の方法である。」
「私はこれまで患者側弁護士の立場から医療過誤事件に取り組んできた。その中で残念ながら、おざなりな、専ら責任回避のためとも思われる院内事故調査報告書も目にしてきた。医療機関が相変わらず医療事故から学ぼうとはせず、事故調査の過程で隠す姿勢、防禦的姿勢を優先させていく限り、医療界全体が自浄作用をうまく働かすことのできない世界として受け止められ、社会的批判を強く受けるばかりでなく、警察・検察の介入への道を大きく開いていくことにもつながることだろう。」
「今後、重大な医療事故が発生した際には、どの医療機関であっても、従来の「隠す文化」から訣別し、「正直文化」に向け速やかに公正な事故調査を尽くし、制度改善のための諸活動を展開していくべきであり、そうすれば日本の医療の姿も大きく変えていくことができるであろう。その大きな契機となるのが、医療事故調査委員会の活動である。」
と記しました。

 今回の改正医療法の中には、厚生労働省令で定めるとする部分が大変多く存在していて、良い調査制度にしていくためには、厚生労働省令で必要事項を明記していく必要があります。そのため、昨年11月には厚労省の中に「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が設けられてスタートしました。検討会はこれまで、11月14日、11月26日、12月11日と3回の会議が開かれ、本年は1月14日に第4回目の会議が予定されています。
 検討会では、限られた時間の中ではありますが、報告すべき「医療事故」の定義とりわけ「予期しなかったもの」の意味、「医療事故調査」の目的、調査項目、調査の方法、「支援団体」の要件・その役割、遺族への「報告」のあり方、第三者機関の役割とその業務、公正中立で専門性の高い客観的な事故調査とするために何が重要か、など、多岐にわたる論点について議論が展開されていくものと思われます。
 これまでの検討会の詳細(これまでの討議資料、議事録等)については 厚生労働省のホームページをご覧ください。
 今回の医療事故調査制度は、私達から見ると決して十分なものとは言えませんが、ピア・レビューの文化、正直文化、事故から学ぶ文化が不十分な医療界の現状を克服しつつ、「小さく生んで大きく育てる」との思いで安全で質の高い医療を目指そうとする良心的な医師・医療従事者の方々と力を合わせて「安全文化」等の芽を温かく大切に育てていく必要があると思っています。

 なお、本年12月13日(日)午前10時から午後5時過ぎまで名古屋駅近くのウイルあいち小ホールにて、「医療の安全に関する研究会」第20回研究大会(テーマは「医療事故調査と医療安全」)が開催されます。安全で質の高い医療につながっていくための条件、方法等について検討できればと思っています。

なお、ご関心のある方は 日弁連 2008年 第51回人権擁護大会・シンポジウム 第2分科会基調報告書(第1編・第2編)(PDF形式1.82MB) 第2編 院内事故調査ガイドライン もご覧ください。

 どうかご指導ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

                                 2015年1月1日    加 藤 良 夫




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