年頭にあたり、日頃のご厚情に深謝し、皆様方のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

昨年は、厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」がほぼ月1回のペースで(2/15,3/29,4/27,6/14,7/26,8/30,9/28,10/26,12/14)開催されました。この検討部会は、一昨年(2011年)8月に始まった「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の議論を踏まえて設けられたものです。すなわち、医療の質の向上に資する無過失補償制度を構築していくためには、その前提として「医療事故に係る調査の仕組みがどうあるべきか」について検討することが不可欠であるとの認識に立って,補償制度の議論の前に事故調査制度について論点整理をしていこうということになったのです。
この検討部会では、関係団体からのヒアリングをしつつ、調査の目的、対象、範囲、組織、権限等について意見交換が重ねられてきました。特に、院内事故調査と第三者機関が行う調査との関係、調査結果の取り扱い、捜査機関との関係については、医師である構成員数人から繰り返し発言がなされてきました。その詳細については、厚生労働省のホームページに議事録が公表されていますのでご覧ください。
また、「一般社団法人日本医療安全調査機構」の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」についても年数回(2012年は3/19,7/9,10/19)東京で運営委員会が開催されています。
さらに、公益財団法人日本医療機能評価機構が運営する「産科医療補償制度」については制度見直しに向けた検討が重ねられており、6月8日に開催された第12回「産科医療補償制度運営委員会」においてヒアリングに招かれ、私の意見を述べてきました。
このような中で医療事故情報センターは2012年6月に「医療安全機関(仮称)の創設を求める意見書」を公表しました。
また、日本医事法学会 は、2012年11月の研究大会において、「医療事故の無過失補償と医療の安全」というテーマでシンポジウムを開きました。(その内容については2013年夏頃日本評論社から出版される『年報医事法学2013』の中に収載される予定です。)
このように見てくると、昨年は医療事故の調査のあり方についての議論が活発に行われた年であったと思われます。

さらにもう一つ重要なことがありました。
すなわち、昨年(2012年)9月、日弁連は「患者の権利に関する法律大綱案」を提言しました。これまで日弁連は、人権大会シンポジウムにおいて「医療と人権」に関する様々なテーマを取り上げてきました。そしてその都度、国に対し患者の権利に関する法律を制定するように求め、宣言や決議を人権大会で採択してきました。しかし、日弁連は「患者の権利に関する法律」の大綱案を示すことはありませんでした。このたび日弁連が、患者の権利の具体的内容について条文とその解説という形で大綱案を提言したことは、日弁連が社会から期待された責任の一端を果たしたものということができます。
「患者の権利」という言葉を耳にすると医師等の医療従事者の中には自分達の負担ないし義務ばかりが増大するのではないかと不安を感じる人もいると思われます。中にはいわゆるクレーマーに悩まされた体験が頭に浮かぶ人がいるかもしれません。しかし、「患者の生命・健康を守る」とか「患者の意思を尊重する」ということに殊更異論を唱える医師はいないと思われます。本来医療は患者の病気を治したり予防したり苦痛を緩和するために営まれるものであり、患者の幸福に貢献しようとするものです。このことを法的に一言で表現するとすれば、医療は本質的に患者の人権を守る営みということができます。医師等の医療従事者が生き生きと本来の仕事をするためには、それを可能ならしめる制度や環境が整備されなければなりません。医師等が過労等で疲弊していたならば、医療事故も発生しやすくなり、その不利益は患者に直結します。
医師等の医療従事者にとっても患者にとっても、「患者の人権を守ることを可能にするように様々な条件を整備していくこと」は切実な共通目標といえるはずです。言い換えれば、「患者の人権を十分に守ることのできる医療の実現」は医師と患者の共通の願いであり、この点では対立する関係には立たないはずです。
「患者の人権」を正しく学んだ患者が増えていくならば、前述した医師の心配するような事態は減少すると思われます。なぜならば病院等において「患者の人権」を正しく学んだ患者は他の患者の権利を尊重すべきことを学んでいるはずですし、医療現場で働く人々の権利についてもきちんと学んでいるはずですから、非常識で身勝手な行動を抑制しようと努力する人々が増えると思われるからです。
幼少期から(大人になってからもなお)あらゆる様々な場面において、自分自身を大切にすること、それと同時に他者をないがしろにしてはいけないこと、思いやりや優しさを基本にした人権教育がしっかりと積み重ねられていくことが必要です。
上記のような人権教育が極めて不十分で「患者の人権」についても正しく教育されていない現実こそが問題であり、様々な病理現象を生み出す背景の一つと考えられます。「患者の権利に関する法律」ができたならば、学校教育等の場でもその真髄が教えられるようになっていく(していきたい)と思います。国等が医療政策を立案していく時には寄って立つべき基本理念が必要であり、それが「患者の権利」そのものであると私は考えています。なお、日弁連の上記大綱案の中には、病気の子どもの人権についても記されています。是非一度ご覧いただければ幸いです。

                                 2013年1月1日    加 藤 良 夫




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